野田秀樹さんのロンドン公演 One Green Bottleに行ってきました
2018年 05月 13日
役者さんは全員が自分と違う性の役、つまり男性は女性を、女性は男性を演じているのがまずとてもおもしろいのです。
一緒に行った夫は、父親役が女性だったとは最後まで気づかなかったらしい・笑。
野田さんはサザエさんみたいな髪型でド派手な着物を着ているのに、こういうおばさんいるいるという説得力ある存在。
ティーンエイジャーの娘を演じた男性の役者さんは、トークで出てきたら意外に年齢がいっていてびっくり。
3人ともすばらしい演技でした。
ドタバタって、例えば下手な若手芸人さんのコントで見るとこちらが恥ずかしくなっちゃうこともあるけれど、しっかりした演技に支えられて、くすくす笑いが止まりませんでした。
一部に能や歌舞伎の動きを取り入れたり、邦楽の生演奏が入っているのもおもしろい試み。
そういえば野田さんって歌舞伎も書いていましたよね。
このお芝居の初演も、親友の亡き勘九郎さんとの共演だったということだし。
野田さんは英語でのお芝居も堂々としていてすばらしかった(トークでのお話でも英語、お上手でした)。
ひとつひとつの言葉というより、全体の音やイントネーションを上手にとらえて演技されるという印象でした。
やはりお耳がいいのかな。

(上演されたソーホー・シアターのカフェ。この日はマチネだったのです。
入り口に面して明るいカフェがあるので、待ち合わせもしやすいし、お酒も飲めました)
英国の新進気鋭の若手脚本家ウィル・シャープくんによる英語への翻訳もよかったです。
わたしは日本語での上演自体は見ていないのですが、英語版は言葉だけでなく文化的背景をしっかり考慮したことが観ていて伝わってくる脚本だと感じました。
この日行われた終演後のトークによれば、今回は単に翻訳しただけでなく、話し合いを重ねて一部設定やセリフも変えているのだそうです。
だいたい日本語と英語ではタイトルも全然違うしね。
こちらの子どもの歌を使うことにした最後の場面は、日本語版より結末がわかりやすくなっているとのこと。
わかりやすいことが必ずしもいい訳ではないけれど、歌に託されたなら無粋なわかりやすさではないというもの。
この歌、イギリス人なら誰でも知っているようなのですが、わたしは知らなかった!
子どもの頃から現地で過ごしていないとわからないことってありますよね。まだまだ修業が足りません。
唯一日本人の野田さんが絶妙なタイミングで日本語でぽろっとセリフを言うのがおかしくて、日本人だけじゃなくイギリス人にもウケていたのも印象的でした。
ということは、言葉の内容自体じゃなくて、タイミングや言い方や「つい夢中になって母国語になってしまう」というシチュエーションをおもしろいと感じているということですよね。
演技でさえも言葉を超えるのかと思わせる興味深い現象。
いろいろな意味で混沌としていて、男なのか女なのか、喜劇なのか悲劇なのか、日本人なのかそうじゃないのか、もうなんだかわからない、でも違和感はないという不思議な世界でした。
でもそのカオスの中で、機械がくれた便利な生活を取り除いたら人間も家族のあり方もあまり変わっていなくて、ただあたたかくて脆い存在なのではないか、と考えさせられるストーリー。
個人的にはちょっと暴力的な表現があったのが残念だけど、それはわたしの好みです。
観客は日本人の方が多かったものの、英国人も意外に多かったです。
終演後、野田さんがふらふらと劇場の入り口付近を歩いていて目が合い、思わず挨拶しそうになったマヌケなわたし。笑
こちらは知っているけど、もちろんあちらはわたしを知らないのにね。
小さな劇場だったので妙に親近感を覚えてしまって、こんな不思議なことも起こるのかもしれません。
在英でまだご覧じゃない方、あと1週間あって、席はまだ取れるようです。
国外に住んでいると野田秀樹さんの演技自体を観る機会があまりありませんし、とってもオススメですよ。
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